2014年3月3日月曜日

El Chapoの逮捕は「偶然」だった(2014年3月2日 el Universal)

http://www.eluniversal.com.mx/nacion-mexico/2014/-34fortuita-34-la-aprehension-de-34el-chapo-34-991791.html

El Chapoの逮捕は「偶然」だった(2014年3月2日 el Universal)

((El chapoとは2014年2月22日 米墨捜査当局合同作戦により逮捕された麻薬組織シナロア・カルテルの最高幹部
ホアキン・グスマンの別称。)

El Chapoことホアキン・グスマンの逮捕は偶然の産物であった。
Sinaloa州クリアカンで2月17日、トンネルを使って逃走され、海兵隊が追跡に失敗した
が、結果的に逮捕ができた。

精鋭部隊はすでにEl Condor(Carlos Manuel Hoo)の携帯電話の通話を監視しており
またEl Chapoとも近いこともつかんでいた。そのためこの人物を尋問して彼の上司
(El Chapoのこと)の居場所を突き止めようとした。Torre Miramar (逮捕に至った
高層ビル)への捜索目的はHooの逮捕であり、それは2月20日のマサトランでの彼の
携帯電話の発信から明らかになっていた。

2月22日の朝、海兵隊が同建物を急襲したがその際にEmma Coronel(El Chapoの妻
Durangoの地元ミスコンでの優勝者)を含む他メンバーも補足された。その後El Chapo
本人も他の部屋のトイレ(シャワー?)で逮捕された。

同捜査に参加した海兵隊の構成員によると、捜査員はMazatolanのHooの携帯電話の発信
を検出しており、隠れ家からの通話を盗聴することができたため、残りのメンバー
の特定に至ったとのこと。
翌日、州警察達がMazatran空港に集結したが目的はEl Condorの逮捕であって
El Chapoではなかった。

El Universal紙ではHoo逮捕の1日前、CuliacanにあるGuzman Loreaが居住していた家への捜査でEl Nariz
(Mario Arguello Hidalgo)が逮捕されたがその際の海兵隊員の説明を録音をしていた

連邦政府自体がEl Chapoの逮捕の確認が5時間後であったにも関わらず、その情報は即座に海外含めた
メディアにリークされきた。そのひとつはエンリケ・ペニャ・ニエト大統領のTwitter発信にもよる
ものだった
22日11時42分 大統領の発信「メキシコ治安部隊の働きによりマサトランでホアキン・グスマン
の逮捕に至った」

米国メディアでの大統領のインタビューによると連邦治安大臣のMiguel Angel Osorio Chong
ならびに海兵隊長Vidal Francisco Soberonに対しては未だ逮捕に確証はなく、明らかでないと
そのための再確認の)旨を指示していた。

「治安相(Osorio)は全情報を伝えてきたので、私は彼に「Guzman Loreaであることを
確認せよ」と指示し、その後、開閉隊長へも同様の指示をした。
私のところには逮捕時の写真が送られてきており、ほとんど間違いないとのことであったが
証明が必要だとした。少し経過して、この犯罪者の逮捕が間違いないものだと確信できた。

海兵隊の格納庫へ連行し3時間後、Jusus Murillo Karaman検事によりGuzman Lorはeaの逮捕は
100%確実であるとされ、ニュースとしても発信された。

匿名の情報によると、2月17日、連邦政府はクリアカンのGuadalupe地区、RioHumayaの家から
El Condorとその料理人La Chapisの逃走の際Guzman Loreaの追跡に失敗していたとのこと。

街の排水トンネルを通じ、El Capoとその仲間達は水道局近くの出口まで約1kmを歩いて逃走した。
この地点はシナロアカルテルの地区責任者として連邦政府から手配されていたEl Picudo
(Manuel Lopes Osorio)が救出された地点でもある

4日経過して、2001年1月より逃走していた麻薬組織の大物を捕まえるアイディアはほとんど
なかった

海兵隊員達は彼らが陣取っていたRio Humayaの近くにはいたもののEl Capoはドアや逃走路の
強化をし、結果的に逃走を許してしまった。

様々な調査が行われ過剰なものもあったが、知られざる居住先についての確証は得られていなかった。
新しい手がかりをつかんだ時には既に2月20日になっていた。
当局はMazatranで逃走したCarlos ManuelHooの携帯電話を探知した。このときから
同市で行われているHooの全ての通話を追跡した(複数の携帯を利用していた模様)

「日曜から月曜明け方までの逃走の様子はMazatlanで聴取できた。木曜まではEl Condorの
居場所はつかめなかった。このボスのMazatlanでの全ての携帯電話番号をチェックしはじめた。
何をしたのかって?金曜日にMazatlanへ州警察が集結し、同夜(El Chapoではなく)El Condorの
逮捕を手がけた。土曜日の朝5時に同建物で逮捕することを決定していた。」情報ソースのコメントである

通話から居場所が特定され、オペレーションが開始し、警察の車が終結したのが22日夜明け直前。
目的はEl Condorの逮捕であった。

「各階へ部隊を配置し、突入まで30分とかからなかった。ある部隊が上を捜索したら
別の部隊が降りていくといった具合に。Carlos MnuelHooは我々の調査員により4階にいることが分かっていたが
5階に変わった可能性もあった。階上に行ったのか階下に来たのか確証はなかった。
602にはアメリカ人とメキシコ市(首都)から来た客がいたが祭りに出かけておっり、しかもドラッグを
所持していた。武器も持っていたのでおそらくEl Chapoのガードマンだったのかもしれないが
何も分かっていなかった」同ミッションに参加した海兵隊員の証言である

Torre Miramarの401号室に海兵隊員が突入しドア入り口付近にいたEl Condorを一度で補足した。

El Universalが録音したインタビューによるとHooは彼のボス(El Chapo)についえは口を割らなかったが
すぐ海兵隊員により他のメンバーがいることに気付かれた。

台所にはLa Chapisがおり、その後一室にEmma Coronelと2人の子供達がいた。
その後トイレ(シャワールーム)の捜索で、ドアを破ったところEl Chapoが発見された。

すぐに「Chapoを見つけたぞ」との声が聞こえ、その首領は手を上げ、少しづつ表情を見せだした。
その際に撮影された最初の写真が後に報道に出されたものである。落ち込んだ表情で、上半身も
裸であった。

「GuzamanがHooと一緒に逃走しているという疑いはあったが、確証はなかった。
Narizを逮捕したときCondorがChapoを連れて逃げたことがあった。Narizの家を捜索したとき
そこにGuzmanがいるなんて知らなかったし、まさか妻子もいるなんて思わなかった。」
海兵隊員の一人は語った

捜査官が、麻薬組織員を聴取したところによると、Culiacanで逃走した時以上に、捜査機関が
懸命に捜索しているとは思っていなかったとのこと

「彼は逮捕されないと確証していたようだ。Culiacanの家から逃走して以降、安心しており
見つからないと思っていた。我々が家宅捜査の遅れで失敗したので士気喪失したと思ったのだろう。
そこから我々が何もできないと思ったようだ。Mazatlanに行ったことをつかんでいないと自信を
もっていたのだろう」


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